杉浦新法務大臣の、就任直後の「死刑執行命令書にはサインしない」発言と、その直後の発言取り消しが報道されていますが、相変わらず死刑存置派は法務大臣を批判し、死刑反対派は法務大臣の変節を批判するという構図のようです。
しかし、そんなことよりも上記の発言、法務大臣としてどうなんでしょうか?
法治国家である以上、効力のある法律は執行されなければ意味をなさないわけで、これを時の権力者の恣意によって、適用の有無が変わったりすることは、最も起きてはならない現象です。その「法治」を司るべき法務大臣が、個人的信条を理由に死刑執行を止めたとしたら、これは批判を免れないでしょう。
誤解のないように言っておきますが、私自身はどちらかといえば死刑廃止論者です。その理由は長くなるので書きませんが、それでも今回の杉浦大臣の言動には賛成できないし、死刑廃止論の立場から見ても決してプラスになる言動とは思えません。
もし本当に杉浦氏が死刑を廃止すべきと考えているのならば、語るべきは、「個人的信条」などではなく、これをもっと政策論に昇華させた「死刑廃止に向けてのプログラム」であるべきだったでしょう。たとえば、死刑制度に関する諮問機関を設置して、その結論が出るまでは死刑執行を極力控えるとか、そのような「政策」であれば、歓迎できます。ただ単に、個人的信条を振り回して死刑執行に抵抗し、法務省から圧力が掛かるとすぐに軌道修正をはかるなどという体たらくでは、残念ながら法務大臣に最も必要な歯質が欠けているのではないかと思わざるを得ません。
ご高説のとおり杉浦法務大臣に最も必要な資質が著しく欠けて
いると思います。しかし、この国の裁判所は発展途上国並ですから所詮法務大臣もその程度でしょうね。
投稿者 中野廣治 : 2006年07月03日 10:41